メットライフビル(MetLife Building)
パンナムビルは、パンアメリカン航空(パンナム)の本社ビルとして1963年3月7日にオープンした。その当時としては、世界一高い商業オフィスビルであった。マンハッタンのスカイラインの重要な一角であり、アメリカ50大ビルの一つである。設計はバウハウスの校長であり、モダニズム建築の巨匠とされるヴァルター・グロピウスとピエトロ・ベルスキらの共同設計である。
パンナムが長年にわたってこのビルを所有しており、ビルの南北の面に「PAN AM」のロゴタイプが、東西の面には球形のロゴマークが描かれていた。このビルはアメリカの事実上のフラッグ・キャリアとして、世界の航空業界をリードしていたパンナムの繁栄の象徴だった。 しかし、1970年代後半になるとパンナムの経営は悪化し始め、パンナムはビルを売却せざるを得なくなった。1981年、メトロポリタン・ライフ生命保険 (Metropolitan Life Insurance Company、メットライフ)がパンナムからビルを買収。1991年にパンナムが事業を停止したとき、メットライフは南北にあったパンナムのロゴを自社のロゴに置き換え、ビル名も「メットライフビル」に改名した。
2005年、メットライフはビルを17億2000万ドルで売却。アメリカ合衆国のオフィスビルとしては最高金額を記録した。購買者は、Tishman Speyer Propertiesの合弁会社と、ニューヨーク市従業員退職システム、ニューヨーク市教員退職システムであった。
このビルは、ジョン・F・ケネディ国際空港へのヘリコプターサービスでも知られ、屋上のヘリ発着場から7分で空港まで行くことができた。このサービスは1965年12月21日から1968年2月18日と、1977年の数か月の間のみ行われた。しかし、死者5人を出した事故が発生し、このサービスは終了した。1977年5月16日、故障した降着装置が原因で、まだローターの回転していたヘリコプターS-61が転覆し、ヘリを待っていた客4人が死亡。死者の中にはエクスプロイテーション映画製作者のミカエル・フィンドレーが含まれていた。さらに、ビルの周辺に飛んでいったローターの破片により、マディソン街と43番通りの角にいた歩行者1人が死亡した。このほかに2人が重傷を負った。
このビルの歴史でもう一つの有名な出来事は、1975年2月3日に起きたエリ・M・ブラックの自殺である。ユナイテッド・フルーツ(現・チキータ社)のCEOであった彼は、かばんで窓を壊し、44階から飛び降りてパーク・アベニューに落下し死亡した。この出来事は1994年の映画『未来は今』で登場する類似した自殺シーンの基になった。
1977年から1984年にかけては、日本のクイズ番組『アメリカ横断ウルトラクイズ』(日本テレビ)の決勝戦が本ビルの屋上で行われていた。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
ニューヨークのパークアベニュー200にある超高層ビルです。
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